2023年6月25日 辻神父様メッセージ

年間第12主日 (荻窪教会)

 (体を殺す者どもを恐れるな)

 キリスト者でない友達に、キリストのメッセージを伝えようという意欲を持っていても、多くの場合、何とはなしにためらいを感じ、口ごもってしまいがちです。こんなことを言っても解ってもらえないのではないか、場違いなのではないか、そういう意識の方が先に立ってしまいます。そのような意識は、み言葉に対する信頼の足りなさの表れかもしれません。キリストのメッセージは、教会の中だけで語られるためのものではありません。イエスはこの世に向かって語っておられます。イエスのみ言葉は、全ての人にあてられたメッセージを含んでいるのです。今は覆われていても、必ず現れるのです。今は隠されていても、必ず知られるのです。それがみ言葉自体の持つ力なのです。私たちは、この生きて働くみ言葉を、教会という狭い範囲の中だけの、共通語にしてしまってはならないのです。イエスのみ言葉にとって、場違いという場はないのです。どんなに論理的に、美しく語られても、それだけでは人の心を打つ言葉にはなりません。「私が暗闇で言うことを、耳打ちされたことを語れ」とイエスは言われます。み言葉を語るということは、単なる受け売りではすまされません。私の人生の暗闇の中で、イエスが私に語り掛けて下さり、そのみ言葉によって、自分がその暗闇を切り抜けることができた。イエスのみ言葉の力によって、闇から光へと脱出させられた、そのような体験に裏打ちされた言葉を語ること。み言葉を宣べ伝えるとはそういうことではないでしょうか。

 イエスは「勇気をもって語るべきことを語れ」と命じています。真剣にみ言葉を受け止め、素直にそれを語るとき、その結果は、主にお任せすることができるのです。

 

                辻  茂