2023年9月3日 辻神父様メッセージ

年間第22主日

(わたしについて来たい者は、自分を捨てなさい)

 今年の夏は、何時にない暑さが続き、9月になっても残暑が厳しい日々を送っております。子どもたちのいる家では、長かった夏休みも終わり、二学期を迎えるお子さんとともに、気持ちの切り替えが行われていることでしょう。今日の主日、夏の感謝の祈りを共に捧げたいと思います。この夏、たくさんの感謝すべき事柄を経験された方もおいででしょう。ただただ、暑さを無事乗り越えることができたことをホッとして感謝しておられる方もおありでしょう。あるいはまた、この夏を悲しい想いで過ごさなければならなかった方もおいでになるかもしれません。この感謝の祭儀の中で、一人ひとりの想いを込めた祈りを捧げ、この夏の締めくくりをする事ができればと思います。ミサは、いつ何処でも、共に捧げる感謝の祈りです。感謝としてのミサを捧げることができる、このことが私たちに与えられている最大の恵みです。感謝の心をもって日々を振り返ることができる、感謝の心をもって日々の事柄を受け入れて行くことができる。その感謝の心が集約されて、感謝の祈りとなって、イエス・キリストを通して神に捧げられる、そのような感謝の祭儀を共に捧げて行くことができたらと思います。しかし、感謝の心をもって生きるということは「言うは易く、行なうは難し」のことわざのとおりです。「感謝しなさい」と人に言われてできるものではありません。むしろ、そう言われれば言われるほど、言われた自分の心の内にしこりを感じる私たちです。感謝しなければと自分に言い聞かせても、すっきり素直に感謝の気持ちになれないのが、多くの場合、正直なところです。思いがけず嬉しいことがあったから、心の底から喜べる嬉しいことがあったから、素直に感謝の気持ちにつながった。私たちの人生の中ではそういうことは、そうそう滅多にあることではありません。この人生の日々を、感謝の心で生きるためには、深い心、柔軟な心が必要です。私たちがイエスから学んだ感謝は、心の奥底から沸き起こる感謝です。日々の生活の喜怒哀楽に振り回されている心を突き抜けて、心の奥底に届いてくる神の呼びかけ、それは、人を通して、出来事を通して(いいことも、悪いことも含めて)の呼びかけに、私たちの心の感度が応じることが出来ることが必要です。神の呼びかけを見極める恵みを、今日の感謝のミサで祈りましょう。

                        辻 茂