荻窪教会の歴史


【歴史】  
「もはや戦後ではない」という経済白書が出されたのは昭和31年のこと、そうはいっても現在のカトリック荻窪教会のある東京・杉並区高井戸あたりは雑木林の中に大根畑が点在、ようやく静かな郊外住宅地として脚光を浴び始めていた。

住民が増えるに従って、カトリック信者も目立ちはじめた。しかしカトリック教会は中央沿線では高円寺と吉祥寺にしかなく、信者は南荻窪に昭和28年設立されたスピノラ修道女会に三々五々ミサに通っていた。また小一時間かけて歩いて高円寺教会に通う信者もいたという。

こういった中で東京教区所属の教会として、荻窪教会は昭和36年10月6日に設立された。その背景にはドイツのケルン教区が、ナチス時代の第二次大戦後の傷跡の癒えぬ時期にも関わらず、東京教区の教会建設に援助を惜しまず。荻窪教会の他に板橋、潮見、蒲田、関町、清瀬、小岩、町田などの教会が設立された。信者の経済的負担なしで設立されたことは、荻窪教会にとってもケルン教区への感謝の気持ちを持ち続けなくてはいけないだろう。教会の守護聖人は聖バルトロマイ。ケルン教区に聖バルトロマイ聖堂があり、それにちなんで名付けられている。初期の信者数は50〜70人、現在の信者数は500人を超えている。2011年11月に設立50周年を迎え、同月12日に岡田武夫東京教区大司教をお迎えして献堂50周年記念ミサを行う予定である。

初代主任司祭は、佐久間 彪神父様。聖堂の内部の装飾は全部佐久間神父様のアイデアを生かしたもので、荻窪教会のシンボルとなっている祭壇に天井から吊り下げられている大きな十字架は、木製の十字架へ真鍮の金メッキをした鋲を使うという斬新なものだ。中世のヨーロッパの教会のクリスト・ジェンマー(復活の輝き)を象徴する、金の板に宝石を散りばめた十字架からヒントをえたという。

荻窪教会は1963年の第二バチカン公会議が開かれ現代社会における教会のあるべき姿を示したことを受けて、それまでラテン語で行われていたミサを、全部日本語で行うという典礼改革のモデル教会となって「特別の研究、実験を重ねて日本の全教会のために大きな貢献をした」(25周年誌での当時の白柳誠一大司教のお言葉)。

【現状】
現在の主任司祭は岸忠雄神父様。荻窪教会の特色は、福祉活動が活発なことだろう。山谷「まりや食堂」での弁当作りなどを行っている。さらにボーイスカウト活動も活発に行われている。50周年(2011年)を契機に聖堂の内外の整備、バリアフリー化などの改築に取り掛かっている。また近隣の高円寺・吉祥寺教会と「武蔵野南宣教協力 体」を形成、近隣の教会と協力して、この地域をキリストの望みにかなった姿にするべく活動している。