今月の福音


しあわせな方 マリア

しあわせな方 マリア
 主は あなたと ともにおられます
恵みとは 主が共におられること
 これだけでいい
何がなくとも 主とともに居たい

マリアは その信仰で応えた
 フィアット!なれかし!
どんな中でも 私たちも そう言って
生涯を生きていきたい

幸せな方マリア
それは私たちにも言える
幸せな方! あなた!
主は あなたとともに おられます!

そう常に言えますように
人は神によってのみ幸せな者となる

幸せな方 あなた
主はあなたと共におられます

カトリック荻窪教会 会報 第48号 2013年8月15日 聖母被昇天号より


生かされている よろこび

神は命 神は命を与えつづけている
 生かされている私たちのよろこび!
イエスが与えられて 人は新しく生きる者となった!
平和が与えられた、喜びと希望に溢れている!

 クリスマスに 地には平和!と天使が歌う平和は与えられたのだ
キリストは私たちの平和!
人はこの与えられた恵みに気づき この恵みを使って努力することだ

イエスも苦しみの生涯の中で御父と一体となって
常に変わらぬ平和の中にいた
マリアも生涯同じ心で苦しみの生涯を生き抜いた
周りがどんなであっても神と一致して!

苦しみの中であっても平和!と言える人が
神の平和を伝えることができる!
何があっても常に心の整理と
来るべきことに常に用意して、
明るく、神を信じる者として、
うれしく力強く日々を捧げていく
毎日の復活




カトリック荻窪教会 会報 第47号 3月30日復活祭号より


クリスマスの本当の意味

                         岸 忠雄

クリスマス程 全世界に喜びを与える言葉は少ない
クリスマス休戦もある 街ではケーキが売れ、ツリーが飾られ、人は食事会をする


信者でない人も何か嬉しい気分になる。
イエス様の力は大きい、商業にまで影響する力を与えているのは
それだけではどうかと思うのだが、とにかく世界にこれほど影響を与えている主教創始者はいない。
ところで信者も本当の意味を知っているのだろうか
イエスさまが生まれたときも赤ん坊は見たけどイエスさまを見ていない、
ガリレアでお話なさった時も人間を見ていてイエスさまを見ていない、十字架上で死刑囚を見ているけどイエスを見ていない。

今パンになったイエス ご聖体のパンを見ているけどイエスを
本当に見ているのだろうか

クリスマス それは 毎日 イエスさまを見るようにということ

イエスが心に誕生すると 人は新たな希望、信頼を持って生きることができる

信仰 希望 愛の人になるように 私たちの中に 今日も
イエスさまが生まれてくださる!

毎日がクリスマス


カトリック荻窪教会 会報 第46号 2012年12月24日クリスマス号より



聖母マリア被昇天にあたって


                         岸 忠雄

今年も八月十五日が訪れました。

敗戦の日でもあります。未曾有の大地震、津波、千年に一度のといわれています。世の初めから世の終わりまで、いつも繰り返される世なのでしょう。ペトロ第二の手紙三章八節に、一日は千年のよう、千年は一日のよう、とあります。

この宇宙世界に今、生きていることが不思議、そう感じて私は生きるなら司祭になる道しかないと思いました。

その不思議さは年とともに深められ、日々の祈りになっています。

途方にくれそうな時、カトリックでよかった、心から、そう思い、信仰をいただいたことの感謝とともに新たな希望、喜びにみたされます。

神のみ子が人となり、私たちが神となる!

マリアは天に上げられ、人類に希望を指し示している!

カトリック荻窪教会 会報 第41号 2011年8月15日聖母被昇天号より



復活する

春、美しい大自然は復活の命を予感させている。
でも、日々私たちは花にも負けて自ら萎え枯れてしまいそう。

コスモス、宇宙、人はミクロコスモス小宇宙といわれている。

人間だけが悩み、自然界の中で花にも負けているのではないか。

 人との交わりの中で日々復活する。
 淋しいとき、人との交わりで復活する。
 二、三人集まる中に私はいると主は言われた。(マタイ18-20)

人を通して復活の力、希望が生まれてくる。
世界を見て日々復活する。もう一度世界をみつめよう。
私はなんと小さなものか。私は、なんとこの世界の中で
神のように素晴らしいものとして創られたか!

感謝して日々 復活する。

 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、
 どんなことにも、感謝しなさい。(テサロニケT 5-16)

ああみ言葉によって今日も復活する!
カトリック荻窪教会 会報 第37号 4月3日復活祭号より


貧しき中に神はいる

クリスマス
 神の御子は飼い葉桶に寝かされている
 誰が、そんなところに生まれるだろう
 それは実に神の御子だった
 貧しさの中に神はいる
 私たちが貧しいなら、神の力が働いている
 皆貧しいのにじかくしないから、高ぶるから
 神が分からない
 洗礼を受けるだけでは、教会に、はいるだけで
 救われるのではない、貧しい人が救われている
 これがクリスマスのメッセージ

愛は無防備
 幼子は全くの無防備の姿の中に横たわる
 愛は無防備なのだ、私たちは鎧に身をかため、
 ガードを堅く身を守る、かたくなになる、神の愛からは
 程遠い

光を受けた人たち
 カトリック信者は少数である。信者は
 地の塩、マタイ5、塩は少なくていいのだ
 深い恵みを知れば、神に祈るなら、一人の人で
 世は救われている、創18 それはマザーテレサが
 いるので世は救われているように、そして
 イエス、キリストによって実に全き救いが来た
 イエスの到来、世の救い!

カトリック荻窪教会 会報 第36号 2009年クリスマス号より