2022年11月13日 アンディ神父様メッセージ

神様の印としての使命(ルカ21.5-19)

 皆さん、気がつくと11月も半ばになり、教会の典礼暦による1年も終わろうとしています。今日の福音書では、イエス様がエルサレムで群衆になさった最後の説教について語られています。この説教は、エルサレムとその民に対する別れの言葉でもありました。

 イエス様は世を去る前に、将来起こるであろうことについて語りました。神殿の崩壊やエルサレム滅亡、それに伴う種々の印、迫害、戦争、暴動、民族紛争、大地震、飢饉、疫病、などです。

 今日のイエス様の教えには2つの面があると思います。一つ目は、厳しい迫害や大きな苦難の中にあっても神を信頼するようにという励ましのメッセージです。イエス様は「私の名のために、あなたがたは全ての人に憎まれる、しかし、あなた方の髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命を勝ち取りなさい。」

 「髪の毛の一本」はごくわずかなもの、ほんの小さな物の例えですが、それは私達を意味しているのかもしれません。神様の私達に対する愛が確かなもの大きくて、また細やかであることを強調しるのではないでしょうか。

 このイエス様の励ましの言葉は、私達がどんなに危害を加えられたとしても信仰を奪われることはないということを証明しているのではないでしょうか。例え私達が試練と混乱、迫害の中にあっても、命を失うことになったとしても、神様の内にあって失なわれる物は何一つないと断言されました。

 私達の信仰とは慈しみ深い神様への信仰であり、その掟とは愛の主であるイエス様の「互いに愛し合いなさい。」という掟です。ですから、耐えて、ひたすら神様を信頼して終わりの日を待ち望みましょう。

 もう1つは、警告のメッセージという面です。聖書の終末論は、目に見える全てのものは「過ぎ去るもの」「滅びゆくもの」であること、何が本当に永遠のものであるかを私達に気づかせてくれます。

 今日の福音書を黙想しながら、私は今、世の中で起きていることを考えてみました。この新型コロナウイルス感染のさなかで、世界の多くの人々は戦争や紛争に巻き込まれて、彼等の命が脅かされています。自然災害はもっと激しくなり、地球の環境はますます悪化し、良くなるようには見えません。多くの人々が真の平和と正義を望んでいても、このような現実は、イエス様の仰ったような苦難の多い世の中になっているような気がします。このような状況の中で、今こそ私達がどの様な姿勢で生きていけばいいのかを真剣に考える時だと思います。

 考えて見ると、人生は楽しみよりも苦しみが多いかもしれません。ですから、今こそ、私達は互いに助け合い、支えあうことをしなければなりません。私達は愛で世を変えようとされる神様の印となりましょう。

 聖書の終末論と同じで、私達の人生にも必ず「終わり」が待ち受けています。その終わりに向かってどう生きるかを今日の福音書の中で、イエス様は私達に教えてくださいました。私達はイエス様の愛によって選ばれ、また、結ばれている人達です。今日の福音を通して、私達はこれからも心を合わせて、幾多の困難に背を向けず、互いに愛し合いながら、神様の印としての使命を最後まで果たすことができるよう、心を新たにして祈りましょう。

主の平和